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秋月蘭・・・母さん、ありがとう。

秋月蘭・・・母さん、ありがとう。

9月12日朝、母が亡くなりました。

享年 96歳。大往生でした。


父が亡くなる少し前から、痴呆の症状が出て、
その後ホームに入所して10年間…
誤嚥性肺炎で入院したのでしたが、高齢のため 回復も遅れ、
腎臓機能も悪化して、最期は、病院の療養施設で息を引き取りました。


子ども、孫、ひ孫たちに囲まれて、静かな穏やかな家族葬でした。


離れて暮らしていたから、いつも 心の中にいてくれたから、
不思議と悲しくも辛くもありません。
亡くなっても、遠いところに行ってしまったという気がしないのです。


父の時もそうでしたが、亡くなった気がしない。
むしろ、心が温かく平安な気持ちなのです。


ずっと、子どもの頃から、母のようになりたい…と、
思ってやって来ましたが、亡くなっても、家族を悲しませない母には、
とても かないません。


私も、父や母のように、しっかりと生きていきたい…と、
心を新たにしています。




子供の頃から、私は 母の事が大好きでした。
母は、いつも優しくて、叱られた記憶もありません。


中学の教師で書家だった父の書道教室を手伝い、
子供たちに書を教えたり、趣味の華道教室を開いたり…


休日でも、私の実家は いつも書道と華道の生徒さんでいっぱいで、
寝たきりの祖母の介護をしながら、母は、いつも忙しく働いておりました。


幼い時から、両親は忙しかったので、遊びに出かけた記憶もありません。
四人兄姉の末っ子だった私は、いつも歳の近い次兄の後をついて回って
おりました。


長兄とは、9歳離れていたので、なんだか
よそのおじさんみたいな感じにしか思えず、
姉も、6歳離れていたので、ほとんど遊んだ記憶もありませんでした。


幼稚園や保育園に行かなくても差し障りのない時代でした。
私の兄や姉たちも、幼稚園には行かず、当然 私も行かせて貰えませんでした。


一緒に遊んでいた近所の同い歳が みんな幼稚園に行くのを知り、
「私も行きたい!」と頼んだ記憶がありますが、
「行かなくてもいい!」と言われて、ぐすぐす泣いた事を思い出します。
同い歳のいない私は、いつも歳下の子供たちと遊ぶしかなかったのでした。


私が、小学校一年生になった時、長兄は高校一年生、
姉は中学一年生、次兄は小学校五年生でした。


支度の遅い私は、毎朝 家を出るのが遅くなり、
姉は、「遅刻するから、先に行くよ!」と
サッサと行ってしまうのでしたが、次兄は、どんなに遅くなっても、
泣きべそをかきながらでも、私を待っていてくれて、
子どもながらに、兄に感謝したのでした


私は、熱が出るたびに ひきつけを起こしていたらしく、
母は、毎回、私を抱いて、病院にかけつけていたと聞きました。
子どもの熱性痙攣は、特に問題ないと分かっていても、
痙攣した私を見るのが嫌だと、よく聞かされていました。


そんな心配もあったのでしょう。


風邪をひいて寝込むと、
いつも忙しい母が、ずっとそばにいてくれて、
枕元には、普段は食べられないクッキーやカステラがたくさん
置いてあり、熱があると、アイスクリームまで食べられるので…

私は、子ども心に、「たまには風邪を引くのもいいな…」と、
考えていたのでした。



また、私は幼少より、雨が降る前になると、湿度の関係からか、
両足のふくらはぎがだるくて痛むのでしたが、
母は、そんな私の足を一晩中撫でてくれていたのを思い出します。



忙しい母でしたので、寝たきりの祖母に食事を与えながら、
ひと匙与える度に、居眠りをしていた光景を思い出します。
祖母は、ひと匙食べる毎に眠ってしまうので、
母は、祖母が食べるのを待っているうちに
ウトウトと居眠りをしてしまうようでした。



私にとっては、いつも忙しく働いている優しい母でした。
叱られた記憶もありませんが、探し物をする時だけは、
それこそ、執念のように 「見つかるまで探すのよ!」と言って、
ひたすら探す事をさせられた記憶が鮮明に残っています。


お陰で、私は、紛失物を探す時は、諦めず、見つけるまで探す事が
出来るようになりました。


我が家の家族は、ほんの少し探しただけで、すぐに、「無い!」と
弱音を吐きますが、私は、
「見つかるまでやるのが、探す という事です!」
と、豪語しています。(笑)



大人になり、失恋をした時も、黙ってそばにいてくれました。
仕事を決めた時も、結婚を決めた時も、

「あなたがそう思うのなら、それでいいよ。」と、
いつも、賛成してくれました。


私が、自分の意思で、決断出来るようになったのは、
いつも、母が 黙って見守ってくれていたからだと感謝しています。



結婚してからは、遠く離れて暮らしていたので、いつも心の中で
母と話しておりました。
亡くなっても、寂しくないのは、
いつも変わらずに そばにいてくれたお陰だと感謝しています。





母さん、今まで 本当にありがとう。

長い間、お疲れ様でした。

ゆっくりやすんでくださいね。

父さんといっしょに、私たちを見守って下さいね。

大好きな 母さん。

たくさんの愛をありがとう。










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鍵コメC様 ♪

鍵コメC様
コメントをありがとうございました。
とても嬉しかったです。
ずっと、鍵コメ様のブログの更新がなかったので、心配しておりました。
こちらこそ、ご無沙汰して申し訳ありません。

そうでしたか…
鍵コメ様も、お父様やお兄様の事…寂しくはないのですね。
不思議ですよね。
形は消えても、心の中で生き続けている…って、素敵な事ですよね。

私にとって、両親は理想の両親で、とても優しい父母だったのですが、
上の兄や姉には、厳しくて怖かったと聞いて驚いています。
末っ子の私は、可愛がって貰ったようなのですが、どうやら私は、
叱られると落ち込んで萎縮するタイプなので(笑)、両親は 叱らずに
そっとしておいてくれたのかな…と、今になって気づいた次第です。(笑)

真相はわかりませんが(笑)、亡くなっても家族を悲しませない両親に
とても感謝しています。
私も、家族を悲しませないようになれたらいいなと、思います。

もう、10月になりますね。
そろそろ、カレンダーの時期ですね!(^_^)
素敵なカレンダーを楽しみにお待ちしています!

温かいコメントをありがとうございました。
感謝致します。

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鍵コメk様 ♪

鍵コメk様
何度もコメントをありがとうございました。
お返事が遅くなり、ごめんなさい。

温かいお言葉をありがとうございます。
娘ちゃんも、同じなのですね。
心の中で話しかけているから、不思議と寂しくないのでしょうね。

母が痴呆になってから10年以上経っていましたので、
自然と心の中で話しかけるようになったのだと思います。
そんな中で、別れの覚悟も出来ていったのだと思います。

私には優しい母でも、兄や姉たちには厳しかったそうですから、
子どもによって親の印象も違うものですね。
kさんは長女さんなので、お母様も厳しくなさったのかもしれませんね。
上の子どもには期待も大きく、その分 親は厳しくなるみたいですね。
我が家も、上の子は育児書通りに育てましたが(笑)、
下の子ほど、自由で放任になりました。(笑)


カテゴリーがご一緒なのですね。
こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。

薬は、私もなるべくなら飲ませたくないと思っています。
二男は、睡眠導入剤のみで、やってきました。
こだわりも多くて、今は入浴にも4時間かかったりしていますが、
薬は飲ませていません。自分で納得するまでやめないので、
介助が大変ですが、見守るようにしています。
身体への影響を考えると、服薬は迷うところですね。

お忙しい中、温かいコメントをありがとうございました。
感謝致します。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。
また、お邪魔させて頂きますね。
ご無理なさいませんように、お身体 ご自愛下さいね。
ありがとうございました。(*^^*)


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