空を見上げて…☆

毎日の暮らしの中で起きる 様々な出来事…障碍を持つ子供達との 、ちょっと ほっこりする話
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LITALICO発達ナビコラムに記事が掲載されました。「私は、自分の気持ちに蓋をする」発達障害の娘の中学時代、孤独な闘いの中で語ったことは

LITALICO発達ナビコラムに記事が掲載されました。「私は、自分の気持ちに蓋をする」発達障害の娘の中学時代、孤独な闘いの中で語ったことは

LITALICO発達ナビのコラムに記事が掲載されました。


22歳でアスペルガー症候群と診断された娘。

現在、発達障害の二次障害で 入院しています。


前回公開された小学生編に続いての中学生編です。

このお話は、今から15年ほど前の出来事です。

医師ですら、発達障害に対する認識がない時代でした。



現在では信じられないような出来事に、

親子で随分と苦しめられて来ました。

障害や教育に対する支援・態勢が、現在と比べてどのくらい異なっていたのか、

その点も含めて読んで頂けると嬉しいです。


ぜひ、ご覧下さいませ。



LITALICO 発達ナビ コラム

「私は、自分の気持ちに蓋をする」発達障害の娘の中学時代、孤独な闘いの中で語ったことは

2017012914482025b.png






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新美南吉氏と父との思い出

新美南吉氏と父との思い出

寒中お見舞い申し上げます。


新しい年が始まりました。

いつも、拙いブログにお越し下さいまして ありがとうございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。



さて、1月1日は、我が家の長男の誕生日です。
毎年、お年玉と一緒にされて、「僕だけ、誕生日を忘れられる!」と、
嘆いていましたが…(笑)

いえ、それは親戚がそうであるだけで…
我が家は、ちゃんと元旦の夜に、誕生日祝いをしていますよ。(笑)
毎年、元旦の朝はお雑煮とおせちを、夜は唐揚げやエビフライなど
長男のリクエストを用意しています。
もちろん、お年玉とは別に、誕生日プレゼントも用意しています。

ですが、親戚の叔父ちゃん、叔母ちゃんからは、お年玉のみで、
誕生日祝いが貰えないので、「僕だけ…」と、なるのです。(笑)
1月1日生まれの運命でしょうか…(笑)



そして、もうひとつ。
1月1日は、私の父の命日でもあるのです。

平成13年1月1日 1時13分 逝去。享年83歳でした。


父は、中学校の教師をしておりました。
在職中から、書家としての活動を続けており、
日曜日の我が家は、書道教室の生徒さんで溢れていました。

父のことを書いた記事は、「110☆ 回想」〜「112☆ 生涯現役」までと
なっています。

父が亡くなって 13年が経ちました。
過去記事に書かなかった思い出を書いてみようと思い立ちました。



「ごんぎつね」「手ぶくろを買いに」「おじいさんのランプ」を書いた
新美南吉と言う童話作家を 皆さんはご存知でしょうか。

結核で 29歳の若さで亡くなりましたが、童話の他にも童謡、詩、短歌、
俳句、戯曲も残しています。


この新美南吉氏が、生前 代用教員として赴任した小学校に、
私の父が勤めていたのです。

新美氏は、昭和12年4月に赴任されて、ご病気で7月末に退職されたので、
短い間でしたが、私の父の同僚であった訳です。


父曰く、「南吉さんは、ちょっと変わった人だった…。」そうな。

身体が弱く、ご病気だったこともあるのでしょう。
授業中でも、児童を置いたまま、よく教室を抜け出していたそうな…。


あまり詳しくは 父は語りませんでしたが、
新美氏との思い出は、父にとっても大切なものだったのではないかと思います。


父は、詩や短歌が大好きで、アララギに投稿したり、短歌もたくさん残しました。
亡くなってからでしたが、友人が父の歌集を出版して下さいました。

新美南吉氏の詩や短歌を書にした作品も、父は たくさん残してくれました。
我が家にも、「鮒」という詩を書いた作品があります。


「鮒」

僕は先刻(さっき)から

菱の花の開く音だとばかり 思っていた

あにはからんや

君が空気を喰べる音とは


新美南吉



この詩が私は大好きで、父に頼んで書いて貰い、色紙額を
作って貰いました。

新美南吉氏と父の大切な思い出深い作品で、私の宝物になっています。



新美南吉氏は、生前

「このまま この海を見下ろす美しい小学校で

教員としていられたらと つくづく思うことがある。」

と、日記に書かれ、その新美氏を偲び、ゆかりの地である港に、

文学碑が建てられました。


同僚でもあった父に、依頼があり、父は新美南吉氏の歌を書いたのでした。


「 少女細く 海の碧るり 泳ぎけり 南吉 」



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画像は あきひこゆめてつどうさんからお借りしました。





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クリスマスに寄せて…

クリスマスに寄せて…


久しぶりの更新になってしまいました。

皆様、いかがお過ごしでしょうか。

街中にクリスマスのイルミネーションが輝いて、

気分もなんだかウキウキして…

クリスマスを迎えるこの季節は、慌ただしくも

華やいだ気持ちにさせられます。


我が家も、クリスマスの飾り付けをしてみました。

秋に小さな苗を植え付けた鉢やハンギングのビオラが、

綺麗に咲いてくれたので、

一層華やかに盛り立ててくれました。



玄関ドアを開けると、壁のリースと100円ショップで購入したちっちゃなツリーが迎えてくれます。

201612160842254bc.jpeg

201612160948369d3.jpeg


キッチンの壁にもリースを飾りました。

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リビングには、サンタの家とツリーを配置。

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玄関入り口で、ビオラが咲いてくれました。

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娘は、発達障害の二次障害で、現在 入院しています。

娘がいつでも帰れるようにと、期待を込めて飾ってみました。



今年も残り少なくなりました。

更新もできず、滞っております拙いブログですのに、

何度も ご訪問下さり、励ましのコメントや、応援クリックを頂戴し、

本当にありがとうございました。

心から感謝致します。


9月に母を亡くしましたので、新年のご挨拶も控えさせて頂きますが、

これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。


皆様 素敵なクリスマスをお過ごし下さいませ。

新しい年が、より素晴らしい年となりますように…



m i o





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LITALICO発達ナビに記事掲載されました。「小4から始まった娘へのいじめ。学校へ向かうその背中は寂しそうで…」

LITALICO発達ナビに記事掲載されました。「小4から始まった娘へのいじめ。学校へ向かうその背中は寂しそうで…」

LITALICO発達ナビのコラムに記事が掲載されました。

「小4から始まった娘へのいじめ。学校へ向かうその背中は寂しそうで…」


22歳で、アスペルガー症候群と診断された娘。

小学生だった96年当時は、いじめや不登校も少なく、

学校や教師の理解も得られませんでした。

娘は 現在、二次障害で入院しておりますが、

すべての始まりが、ここからでした。



ぜひ、ご覧下さいませ。



LITALICO発達ナビ コラム

小4から始まった娘へのいじめ。学校へ向かうその背中は寂しそうで…

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秋月蘭・・・母さん、ありがとう。

秋月蘭・・・母さん、ありがとう。

9月12日朝、母が亡くなりました。

享年 96歳。大往生でした。


父が亡くなる少し前から、痴呆の症状が出て、
その後ホームに入所して10年間…
誤嚥性肺炎で入院したのでしたが、高齢のため 回復も遅れ、
腎臓機能も悪化して、最期は、病院の療養施設で息を引き取りました。


子ども、孫、ひ孫たちに囲まれて、静かな穏やかな家族葬でした。


離れて暮らしていたから、いつも 心の中にいてくれたから、
不思議と悲しくも辛くもありません。
亡くなっても、遠いところに行ってしまったという気がしないのです。


父の時もそうでしたが、亡くなった気がしない。
むしろ、心が温かく平安な気持ちなのです。


ずっと、子どもの頃から、母のようになりたい…と、
思ってやって来ましたが、亡くなっても、家族を悲しませない母には、
とても かないません。


私も、父や母のように、しっかりと生きていきたい…と、
心を新たにしています。




子供の頃から、私は 母の事が大好きでした。
母は、いつも優しくて、叱られた記憶もありません。


中学の教師で書家だった父の書道教室を手伝い、
子供たちに書を教えたり、趣味の華道教室を開いたり…


休日でも、私の実家は いつも書道と華道の生徒さんでいっぱいで、
寝たきりの祖母の介護をしながら、母は、いつも忙しく働いておりました。


幼い時から、両親は忙しかったので、遊びに出かけた記憶もありません。
四人兄姉の末っ子だった私は、いつも歳の近い次兄の後をついて回って
おりました。


長兄とは、9歳離れていたので、なんだか
よそのおじさんみたいな感じにしか思えず、
姉も、6歳離れていたので、ほとんど遊んだ記憶もありませんでした。


幼稚園や保育園に行かなくても差し障りのない時代でした。
私の兄や姉たちも、幼稚園には行かず、当然 私も行かせて貰えませんでした。


一緒に遊んでいた近所の同い歳が みんな幼稚園に行くのを知り、
「私も行きたい!」と頼んだ記憶がありますが、
「行かなくてもいい!」と言われて、ぐすぐす泣いた事を思い出します。
同い歳のいない私は、いつも歳下の子供たちと遊ぶしかなかったのでした。


私が、小学校一年生になった時、長兄は高校一年生、
姉は中学一年生、次兄は小学校五年生でした。


支度の遅い私は、毎朝 家を出るのが遅くなり、
姉は、「遅刻するから、先に行くよ!」と
サッサと行ってしまうのでしたが、次兄は、どんなに遅くなっても、
泣きべそをかきながらでも、私を待っていてくれて、
子どもながらに、兄に感謝したのでした


私は、熱が出るたびに ひきつけを起こしていたらしく、
母は、毎回、私を抱いて、病院にかけつけていたと聞きました。
子どもの熱性痙攣は、特に問題ないと分かっていても、
痙攣した私を見るのが嫌だと、よく聞かされていました。


そんな心配もあったのでしょう。


風邪をひいて寝込むと、
いつも忙しい母が、ずっとそばにいてくれて、
枕元には、普段は食べられないクッキーやカステラがたくさん
置いてあり、熱があると、アイスクリームまで食べられるので…

私は、子ども心に、「たまには風邪を引くのもいいな…」と、
考えていたのでした。



また、私は幼少より、雨が降る前になると、湿度の関係からか、
両足のふくらはぎがだるくて痛むのでしたが、
母は、そんな私の足を一晩中撫でてくれていたのを思い出します。



忙しい母でしたので、寝たきりの祖母に食事を与えながら、
ひと匙与える度に、居眠りをしていた光景を思い出します。
祖母は、ひと匙食べる毎に眠ってしまうので、
母は、祖母が食べるのを待っているうちに
ウトウトと居眠りをしてしまうようでした。



私にとっては、いつも忙しく働いている優しい母でした。
叱られた記憶もありませんが、探し物をする時だけは、
それこそ、執念のように 「見つかるまで探すのよ!」と言って、
ひたすら探す事をさせられた記憶が鮮明に残っています。


お陰で、私は、紛失物を探す時は、諦めず、見つけるまで探す事が
出来るようになりました。


我が家の家族は、ほんの少し探しただけで、すぐに、「無い!」と
弱音を吐きますが、私は、
「見つかるまでやるのが、探す という事です!」
と、豪語しています。(笑)



大人になり、失恋をした時も、黙ってそばにいてくれました。
仕事を決めた時も、結婚を決めた時も、

「あなたがそう思うのなら、それでいいよ。」と、
いつも、賛成してくれました。


私が、自分の意思で、決断出来るようになったのは、
いつも、母が 黙って見守ってくれていたからだと感謝しています。



結婚してからは、遠く離れて暮らしていたので、いつも心の中で
母と話しておりました。
亡くなっても、寂しくないのは、
いつも変わらずに そばにいてくれたお陰だと感謝しています。





母さん、今まで 本当にありがとう。

長い間、お疲れ様でした。

ゆっくりやすんでくださいね。

父さんといっしょに、私たちを見守って下さいね。

大好きな 母さん。

たくさんの愛をありがとう。










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LITALICO発達ナビに記事掲載されました。「あなたはだあれ?」アスペルガーの娘に起きた、突然の解離症状

LITALICO発達ナビに記事掲載されました。「あなたはだあれ?」アスペルガーの娘に起きた、突然の解離症状

随分と更新が滞ってしまい、申し訳ありません。

その間も、何度もご訪問下さいまして、ありがとうございました。


今年1月より、発達が気になる子どもの親向けポータルサイト

「LITALICO発達ナビ」のコラムで、ライターをさせて頂いております。

我が家の発達障害の子供たちとの体験談や、親の気持ちなどを

書かせて頂いておりますが、約1〜2ヶ月に1本のペースで

公開して頂いております。

拙い記事ですが、「 シアン 」の名前で掲載されておりますので、

そちらのほうも、ぜひ ご覧下さいませ。

今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。



8月29日に公開された記事のお知らせです。

22歳でアスペルガー症候群と診断された娘。
診断されるまでに時間がかかり、療育を受けないまま成人した娘は、
現在、二次障害を発症し入院しています。
私が初めて体験した、娘の不思議な解離症状とは?


「あなたはだあれ?」アスペルガーの娘に起きた、突然の解離症状

2016090500501262f.jpeg




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